ワールド・トレード・センター跡地 ニューヨーク (アメリカ)
日曜日,月 24th, 2005これはもう言葉では語り尽くせない大きな悲劇の跡、グラウンド・ゼロ。
これはもう言葉では語り尽くせない大きな悲劇の跡、グラウンド・ゼロ。
各方面からのハイウェイが入り乱れて交差するこうした地点は、アメリカ各地に点在し、その名もずばり、スパゲティ・ジャンクションと呼ばれている。
写真は、アトランタのダウンタウンにあるジャンクション。
交差する縦のハイウェイ401号線を少し北に進むと、アトランタ・オリンピック爆破事件のあった「オリンピック百年記念公園」がある。
シュメール人によって今から5千年も前に築かれた、世界最古の文明と言われるメソポタミア文明。
彼らは、人類最初の文字である楔形文字を発明し、チグリスとユーフラテスの二つの川に挟まれた肥沃な三角地帯に、都市国家を建設した。
それが、紀元前2100年頃にウル第3王朝の創始者ウル・ナンムによって建てられた古代都市ウルである。
遺跡から発掘された粘土板には「楽しいこと、それはビール。嫌なこと、それは戦いに行くこと。」とあった。ビールもシュメール人の発明だった。
写真は修復後の遺跡。
Thanks to Tomorin
ソウルから北へ約40キロ、車で1時間半ほどの場所に「板門店」がある。
ここは、韓国と北朝鮮の双方の行政管轄権の圏外にある特殊地域で、非武装地帯にある唯一の対話の場所である。
写真の建物群の中央に7つの小さな屋根が連なっているが、その建物の下を横に軍事境界線が通って、北と南を分断している。
境界線を挟んで上側が北朝鮮の建物、それより下にある建物は、国連の管理下に置かれている。
写真の高度を少し上げると左手に見えてくる二つの橋のうち、下の方の橋は帰らざる橋(Bridge of no Return)と呼ばれ、終戦後の捕虜交換などが行われた場所である。
首都カブールの西約240キロに位置する、山岳地帯の大仏教遺跡がバーミヤン遺跡。
仏教をはじめ、さまざまな文化を東西に伝えた古代シルクロードの要衝で、 東西約1300メートルの崖面に約1000もの石窟が並び、これらは中央アジアにおけるガンダーラ仏教美術の傑作と言われる。
4~5世紀頃掘られたとされる、世界最大級の高さを 誇った約38メートルと約55メートルの東西2体の大仏立像が有名。
その当時、バーミヤンの仏教文化は繁栄を極め、200年後に唐の仏僧玄奘がこの地を訪れた時にも、依然として大仏は美しく装飾されて金色に光り輝き、僧院には数千人の僧が居住していたという。
しかし、この遺跡の象徴であったその2体の大仏は、偶像崇拝を嫌うイスラム教の名の下、2001年3月に旧タリバン政権により爆破されるという悲劇に見まわれた。
現在では日本の調査グループが修復と発掘を進めており、先の20日にはバーミヤン谷の西端で、鮮やかな色彩の壁画が残る新たな石窟を発見。悲劇の世界遺産に明るい材料をもたらした。

バーミヤンの石窟と仏像、破壊前
川べりにあるサンタポローニャ駅からテージョ川沿いに15分も歩くとある、コメルシオ広場。
ポルトガルが世界で華やかなりし大航海時代、コメルシオ広場はリスボンの海の玄関口であった。
異国へ行く船も帰ってくる船も、皆この広場から旅立ち、あるものは帰らず、あるものは名誉と共に帰着した。
民衆の歓喜と共に迎えられた遠征隊は、広場奥に位置する凱旋門を潜り抜け、リスボン市内に入ったという。
今では凱旋門からロシ広場に通じる辺りはリスボンの中心地として、終日観光客で賑わっている。
36年前のアメリカ時間の今日、1969年7月20日は人類が初めて月面に降り立った日。
その記念日に合わせて、googleがこんな粋な画像を公開した。
アポロ11号から1972年のアポロ17号に至るまで、アバタ面の月面上には人類の夢がたくさん詰まっている。
今夜は冷えたビールを片手に月を愛でる、なんてのはいかが?
17世紀半ば、オランダの東インド会社が東南アジアへの航行船の補給基地としてアフリカ大陸南部を拓いた街が、現在のケープタウン。
アパルトヘイトの時代には、アフリカ民族会議指導者のネルソン・マンデラが幽閉されていた土地としての悪名もあったが、今では何より、山頂をナイフで切り取ったような平らなテーブルマウンティンを背景に、世界有数の美港として有名である。
写真からも、海岸線に貼りつくようにして出来た街並みと、その背後にダイナミックに広がるテーブルマウンテンの姿がよく分かる。
この時期の散策には隅田川からの夜風が気持ちいいこの国技館周辺。
国技館の建物自体は1985年より使用されている、1万人収容のハイテク施設である。
相撲以外にも使えるようにと土俵と釣り屋根が昇降式になっていたり、組み手が分かる電光表示板が設置されていたり、地下に焼き鳥工場があったりと、お目見え当初は相撲好きな日本人の間で話題になった。
広い敷地内には、相撲博物館、相撲診療所、相撲教習所なども併設されている。
写真上、手前は両国駅、国技館の隣りに見える大きな長方形の建物は、東京の新観光名所として人気の定着した、江戸東京博物館である。
このところ何かとお騒がせの相撲界。若貴問題では、遂に日本相撲教会が事情聴取に踏み切った。
日本相撲協会公式サイト
マレー半島の南端に隣接するシンガポール島と、インドネシアとに挟まれたシンガポール海峡。
接続するマラッカ海峡と共に、インド洋と太平洋をつなぐ中間地点にあり、ヨーロッパや中東と東南アジア・東アジアを結ぶ交通の要衝である。
原油や貨物を満載した船舶が絶え間なく通航し、その活況は、上空からの写真でもよく分かる。
また、この海峡には、世界第2位のコンテナ取扱量を誇るシンガポール港があり、東南アジア地域の主要なハブ港としての役割を果たしている。