ホセ君のおかあさん

ここの人たち、特に女の人たちは、人に値段のことを聞くのがだ~い好き。
「その切花はメルカドで幾らだった?」「その靴はどこで幾らで買ったの?」
それだけでも面倒なのに、答えた先から
「アーラ、それはちょっと高いわよぉ。」とか言われる。

ほとんどの店には、日本のように定価というものがなくって、交渉の腕しだいで安くもなり得るこの国だから、
ガイジンの私が一体幾ら払ってそれを手に入れたのか、興味があるのは分かるけど、
もう、放っておいてよ!と言いたくなることもしばしばだ。

以前は、それだけお金に敏感なのは、人々の生活が苦しいってことだろう、と思っていたのだが、
割と裕福なはずの家庭の奥さん同士でも、値段の話ではいつも盛り上がる。
これはもう、ここの国の人たちのキャラクターなんだろうと、最近は思うようになってきた。

うちの子が通っている公立幼稚園での、いわゆる「ママ友」ってやつが、ホセ君のお母さんだ。
この街で「食堂」を経営する肝っ玉母さんのような彼女も、もちろんお金には敏感なガッチリ主婦。

こっちの学校は、新学期前に、各自親が教材を購入してクラスに運び込む規則になっているのだが、
ホセ君の棚には教則本がちょっと少ない。
「AとCの本は買ったけど、Bの本は値段が高すぎると思うから買わない。」
と、彼女が言い切った時にはびっくりした。

ここの幼稚園には、公立とはいえちゃんと制服がある。
この制服を作るのには、入園当初にイラストの描いてある紙を渡されて、
「これと同じのを作ってください。」と言われるのだが、
学校指定の仕立て屋なんてある筈もないから、手に覚えのあるお母さんは出費を抑えるため、自分たちで縫ったりするのだ。
だから、同じようには見えても、実はちょっとずつパターンが違っていたりするのが面白い。

男の子の場合は、ワインレッドのズボンと白いシャツの上に、汚れよけの上っ張り。
指定の色の生地を手芸店で買って、仕立て屋に丸投げしたズボラな私の場合とは違って、
ホセ君のはもちろん、お母さんの手作りだ。
そして、彼の上っ張りは、ちょっと変わった形をしている。

襟がついているはずの首周りはキュッと締まった丸首。
新しく作ったにしては、丈もかなりのつんつるてんな上っ張りの理由を、ホセ君のお母さんは照れ笑いしつつ、こう説明する。
「この服を作るには、本当は1メートルの生地が要るの。でも、うちの子のはその半分しか買わなかったからこうなっちゃったのよねー。」

いくら子供のものとは言え、一着の服を作るのに、どうしてたったの50センチ!買おうなんて発想になるのか、
デザインうんぬんよりもそちらの方が私には不思議だ。

一人っ子のホセくんは、「お金が掛かるから兄弟はいらない」と自分から口にしたってことが、お母さんとしてはとっても自慢。

柄の大きなお母さんの傍をチョロチョロと走り回る、小猿のごとき愛くるしいホセ君は、なんと彼女が45歳の時にできた子供らしい。

40代での出産もそれほど珍しいことではなくなったのは、現代の日本や欧米での話。

しかしここはグアテマラ、15歳過ぎから子どもをポコポコと産み始める土地である。
つまり40歳を前にして、既に「お祖母ちゃん」と呼ばれる人だって沢山いるのだから、40代半ばでの彼女の出産は、ここでだったら相当な、超・高齢出産だったに違いない。

確かに、他のお母さん達と並ぶと、くたびれ具合がちょっとイってる感じのホセくんのお母さん。
先生から渡された連絡票を、目を細めつつ顔からうんと遠ざけて読んでいる彼女だけど、
ちっこくて優しいその二つの目は、いつだってホセくんを離れない。
そして、ホセくんがちろっとでも道路で駆け出そうものなら、とたんに、
「こらぁ、ホセぇ~!なんばしよっとぉ~!!!」
と、まさか博多弁では言わないにしても、恰幅のいい彼女から豪快な罵声が飛ぶのである。

彼女のレストランの隅のテーブルに陣取って、いつも静かにカードに興じているのはホセくんのお父さん。
その昔、賭けに負けて、車と家!をを取られたことのあるというのは、ちょっと有名な話だ。
でも、ホセくんのお母さんは、まさかガイジンの私までがそれを知っているなんてもちろん思っていない。
だから私も、そ知らぬ顔をして通している。

近々、遠い日本から友人が訪ねてくるんだと言ったら、
ここまで来るには、一体何ヶ月かかるの?、と聞いてきたホセくんのお母さん。
・・・いや別に、船で来るわけではないんですけどね。

マヤの血筋に流れる時間は、悠久なのである。

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