パンノミミノキレハシクダサイ
今から20年以上も前の話である。
世界各地を放浪中だったトム青年、友人と二人で成田空港に降り立ったはいいが、ビザを持っていないという理由により入国を拒否され、顔面蒼白。
地続きの国境を越えればいいヨーロッパ諸国とは違って、日本は海に囲まれた島国だ。
泣く泣く、韓国まで飛んでビザを取るはめとなり、日本で使う予定だった滞在費を航空券につぎ込んで、ド貧乏で日本へ渡ってきたらしい。
もともと貧乏旅行のつもりではあったから、交通費を節約するために持ち込んだ自転車で始めた日本周遊。
周る先々で「泊まるところはあるの?よかったらウチへ泊まれば?」と声をかけられたのが嬉しかったという。
そしてガイジンの身として驚いたのは、どの家庭でも家に着くなり、「さぁまずはお風呂にでも入って・・・」と勧められたこと。
欧米では、他人の家に入るなり身体を洗えなどと言われたことはなかったから、自分達はそこまで臭いんだろうか?と初めは恐縮していたが、
次第に、これが日本風のもてなしなのだと気づくようになった。
小さな町には必ずある、共同浴場にもよく行った。
最初、大きな湯船に興奮してまっしぐらに飛び込もうとしたら、周囲のジイさん達から「のー!のー!のー!!!」と血相を変えて止められて、
湯桶の使い方から体の洗い方まで、手取り足取り一から教わった。
ある時、浴衣で暇そうにしていたら、民宿の人からパチンコを薦められた。
しかしこんな、下はスカスカほぼフル★ン状態の和風パジャマの格好で、公衆の面前に出ていいものだろうかとかなり躊躇したが、
行ってみたら全員が浴衣だった。
腹が減ったときには決まって、町のパン屋の裏手へ回った。
訳を話すと、「犬にでもやろうと思っていたんだけどねぇ。」と言って、抱えきれないほど大きな袋に入ったパンの耳の切れ端をタダでくれた。
日本ではパンの耳は犬が食べるのかぁ!と、大層驚いた。
あまりにもお金がないときには、自転車で軽く誰かの車とぶつかってみたりもした。
慣れない土地で心細げなガイジン青年に危うく怪我を負わせるところだった相手は、みんな大変申しわけなさがって、それはそれは良くしてくれた。
これであと一日はしのげると思うと、自転車のサドルが少々へこむことなどちっとも痛くはなかったらしい。
まぁ、20年以上も前の話である。
それから月日は経ち、ハリウッドでハリソン・フォードのスタントとして活躍していた時期もあるトムくんも、今ではすっかりオジさんになって、アウトドアツアーのガイドをしてこの街で暮らしている。
当時覚えた片言の日本語など、もはやすっかり忘れてしまったが、それでも、
「パンノミミノキレハシクダサイ」だけはすらすらと言える、と笑っていた。

