「ない」の意味するところ ハリケーン・スタン 2日目

「大きな家(大家さんの住居)は、ほんの少し残っている。でも、大きな家の離れの建物や、小さな家(私たちの住んでいた家)はない。」

目を外の通りに移すと、いつものバス通りは川になっていた。

今にも増水しそうな区域から、下流の親戚の家にでも避難しているのだろうか、家財道具と家族を山ほど積んだトゥクトゥクや大八車が、水の中をじゃぶじゃぶと進んでいる。

その場にいた友人たちから「アイム・ベリー・ソーリー」と、心の底からの抱擁をもらった。

横浜生まれで東京ワーキングガールだった私は、40年近く生きてきて、自然災害というものに出会ったことがまったくない。
だから、突如そんな悲劇の主人公になっても、一体どんな顔をするのがその場にふさわしいのかが、まったく分からない。

雨が少し小降りになった合間をついて、ジョンと男性陣がまずは行ってみることになった。

ノー・アイ(ない)と言ったところで、一体何がノー・アイで、何が少しはシィー・アイ(ある)なのか。
塀が全壊してノー・アイなんだろうか、家がほとんど水に浸かっている様子をノー・アイと言っているんだろうか。

それでも、棚の上の方に上げておいた品々は何とか持ち出せるんじゃないだろうか。
三冊になっていたアルバムも、本棚の上に積んであったから大丈夫かも。
庭に置いておいたジェイのお気に入りの自転車は、きっと流されて倒れているんだろうけれど、でもあんなに鮮やかなオレンジ色だもの、散乱している品々の中から救い出せるんじゃないだろうか?

まだ三歳で状況が理解できずに、「一緒に遊んで!」とせがんでくるジェイを相手に、友人宅のリビングで大はしゃぎの鬼ごっこをしながら、私はそんなことを考えていた。

つづく

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