厚意 ハリケーン・スタン 2日目
ここは中南米、とある小さな国が大変だぁ~。
着の身着のままで突然住む場所を失くしてしまった私たちが、失ったものの大きさを嘆くことよりも先に、さて、差し当たり考えなければならないのが、その晩からの寝る場所と食事のこと。
しかしこれは本当にありがたいことに、何人もの友人が親身になって自分の家に泊まるように勧めてくれた。
その中でも、特に大きく心に響いたのが、
「もう私たちはあなたたちを家族同然だと思っているから、自分たちの食料が続く限りは、うちで夕飯を毎日食べてね。」と言ってくれたこと。
刻々と、街の被害の深刻さが分かってくる状況の中、皆が自分の家の食料の貯えを考え始めている中での言葉である。
こんなに寛大な申し出があるだろうか。
私たちは今や、どう取り繕ったところで、友人たちの厚意にお世話になるしかすべがない身。
敷地内に離れの借家を持っているアメリカ人のところに、その晩から泊まらせてもらうことになった。
これがガイジン用に建てられたなかなか瀟洒な借家で、ここはグアテマラとはいえ、家の中にいるとまるでアメリカにいるような錯覚に陥ったりする。
避難先が、私たちの住んでいた家よりもいいだなんて、と二人で思わず苦笑してしまった。
その家を借りている人は、一時帰国していたアメリカからこっちに向かっている途中でこのような事態に合い、首都からここへ向かう途中の街アンティグアで完全に足止め。
その人にとってはついていないことに、そして私たちにとってはラッキーなことに、この街への道が断たれたが故に、私たちが当分お世話になれることになったのだ。
さて、こんな身の上になってから気づいたのだが、「今日から始まる私たちのシンプル・ライフ」とはいえ、やはりその日から必要なものが結構細々とある。
シャツやGパンなんかは、何日か同じのを着ていたって、この状況下では誰も気にする人もいないけれど、商店も開いていない今とあっては、石鹸、シャンプー、歯ブラシ、爪切り、靴下、下着の替え・・・これらは誰かから貰うしかない。
こういったものを分けてもらう時など、本当に私たちって何にも持っていないんだよなぁとしみじみ感じてしまったりもする。
「とりあえずの着替えに使って」というシャツは、即時にたくさん届けられた。
前にも書いたとおり、安い古着には事欠かない街である。この街のガイジンたちの洋服ダンスには、着ないけど捨てられない洋服が沢山眠っている。
しかし、ガイジン・サイズは短小な私にはどれも大きく、夜寝る時用のダブダブ・シャツが突如沢山やってきた感じで、
しかも、そこのところを知ってか、サイズがものを言うパンツの類はほとんどないのが可笑しい。
結局、それからの数週間のうちで、一番活用させてもらったのが、
「これ、私にはちょっと大きめだから着れるんじゃないかと思って」と、
友人の12歳になる娘が貸してくれた、マンガちっくなヒヨコの絵のついたTシャツだった。

