爪痕 ハリケーン・スタン 3日目

ここは中南米、とある小さな国が大変だぁ~。

普段の成績の悪い子は、平均点を取っただけで、すご~くみんなから褒められる。
だから、この状況下にもかかわらず、街の主要部ではすでに電気もケーブルテレビも復帰したのには、「やれば出来るんじゃないの!」と、住民たちの間から絶賛の声が上がった。

音もなく、蝋燭の火だけで夕食を取っていた前夜から比べると、居間に灯る明るい光と、いつも通りのテレビのある団欒は、どれほど人々の気持ちを和らげたか知れない。

現地のニュースにチャンネルを合わせると、それまで情報が寸断されていた私たちの耳にも、胸を衝く映像とともに、今回のことの全貌が見えてきた。
前日から、短波ラジオなどをチェックしていたのだが、やっていたのは唯一、宗教系の放送で、「いろんなことが起こっているけど、みんな神に祈ろう~!」とか言っちゃって、全く要領を得なかったのだ。

南に隣接するエル・サルバドルから、北のメキシコはオアハカ方面に進路を取っていたハリケーンが、最も爪痕を残したのは、やはり我がグアテマラ。
特に、太平洋側の海岸地方や、メキシコ国境の街タパチュラ辺り、そして私たちの住んでいるアティトラン湖周辺がひどかったらしい。

その中でも、最も悲劇的な惨状となったのが、私たちの街より湖を渡ったちょうど反対側にある街、サンティアゴ・アティトゥランの外れの村で起こった土砂崩れで、何と1400人が瞬時に生き埋めになったという。

このニュースは、国外にもその数字とともに流れたから、あるいは日本で目にした人もいるかもしれないけれど、遺体を掘り起こそうにも手立てがなく、そのまま一帯を共同墓地にすることになったらしい。

湖を遥かに望む、すぐその先の土地で起こったことが、1400という数字が意味する大きさが、ここにいてもにわかには信じられない。
どんなに想像しようとしても、あまりにも大きい人々の苦悩や、悲しみは、家族ともに無傷の私には感じられるはずがない。
そのことが、私の心を芯から震撼させる。

この、サンティアゴの惨事とはまた別の村で起こったことだが、新聞紙上に出ていた自治消防団員の記事を首都在住の女性が訳したものの一部を、ここに挙げさせてもらおうと思う。

現場につくのにかかった時間は数分間であった。しかし、その時目にしたこと、耳にしたことを消し去るには数年が必要であろう。いや、あるいは決して消え去らないのかもしれない。おびえた住民が右往左往する騒音の中、助けを求める女性の声が耳に入った。

その声は土砂に埋もれ、今にも屋根が壊れそうな家の中から聞こえてきた。隙間から食堂に入ると、女性が泥の中でもがいていた。テーブルの下には、6歳の女の子の小さな体が見えた。

「最 初に、母親の方を助けようと思いました。ですが、その時にはもう隙間がふさがっていたんです。若者たちがつるはしで屋根を壊し、そこから女性を助け出しま した。そこで、女の子を助け出そうとしたのですが、腕の中から滑り落ちてしまいました。泥がどんどん上まで上がってきて、もう子どもを見つけられませんで した。真っ暗で、何も見えなかったんです。やっと何かに触れたと思ったら、それが彼女でした。でも、もう既に息がありませんでした」。

泥の中で亡くなった女の子のことを思うと、夜も眠れないという。15人を救出したという事実すらも、その女の子が自分の娘であったかもしれないと思っただけで感じる苦痛を和らげることはできない。

「最初に子どもを助けるべきでした。泥が女の子を飲み込もうとしていたのに、自分はそうしなかった」と涙を拭う。

「時間をもとに戻して、彼女を蘇らせることができるなら、命をあげてもいい。だけど、それはかなわないことです。であれば、自分にできることは、もう誰も死ぬことがないように働くことだけです」。

10月14日付Siglo XXI (シグロ・ヴェンティウノ)紙より

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