優雅なる避難生活 ハリケーン・スタン1週間目
ここは中南米、とある小さな国が大変だぁ~。
ひとに言わせると、私達は、家を失ったにしては平然としすぎているらしい。
そりゃあまぁ、失くしたもの達を一つ一つ思い浮かべたりすると、今でも心がチクンと痛むけれど、そんなものは考えても仕方がない。
例えば、旅先でモノを失くしたりすると大騒ぎするけれど、少しずつ目の前から自分の大切にしていたものが消えていくのを見るのと違って、
こんな風にして一気に忽然と失くしてしまうと、現実感が伴わない分だけ、傷が浅くて済むのかもしれない。
私達の街で、自分達と同様に家を失くしたのはおよそ85世帯。
多くの家族が親類の家へ身を寄せる中で、住む場所がない人々は、街で一番大きなバスケットボールスタジアムや、教会の施設で寝泊りしている。
ローカル局がその様子をTVで伝えるのを、実は私達は、同じ境遇のはずの彼らに対して悪いくらい、かなり優雅な環境にあって見ていた。
持つべきものはお金持ちの友達さ!と以前誰かが冗談半分に言っていたのを思い出す。
借りる家が見つかるまでの20日間のあいだに、4件もの友人宅を転々としたけれど、どこの家も、避難民の身には贅沢余りあるような立派なお宅だった。
その中の一軒などは、ここはバリ島リゾートかい?と思うような、素敵なプールサイドに建つバンガローで、
もちろん私達は、早速、水着を買いに店に走った。
ところで、この街のほとんどの店の品には、値段を示す正札がついていない。
だから店の人も、お金を持っていそうな客かどうかを値踏みして値段を言うわけだけど、
日本からここに移り住んだ当初は厄介だったこの駆け引きも、少し慣れてくるとこれが結構面白いゲームになったりする。
今回の水着ショッピングの値切りテク、その殺し文句は、「だって家を無くしちゃったんだもん、私達に救いの手を~!」
その割にはちっとも悲観的に見えないガイジンが言うところが面白いのか、こんな陳腐なセリフが地元の人にはかなりウケる。
家を無くした可哀想な被災者が、どうして水着が必要なのか…?、そんな深いことまでは考えないこの国の人たちのシンプルさが、好き。
インターネットもようやく復活し、Eメールを久々にチェックすると、心配してくれている日本の友人からのメールが山のように溜まっていた。
それを逐一読みつつ、実は私達はプールサイドで楽園リゾートしてるだなんて、想像されている姿と現実とのギャップがありすぎて、なんだかとっても申し訳ないような気分になった。

