目には見えないもの ハリケーン・スタン 1週間目
スーパーに行って、殺菌成分の強い石鹸と、水なしでも手を洗浄できるジェルを買ってきた。
体調が少しでもおかしくなったらすぐに飲めるようにと、薬局で買った薬をまるでお守りのようにいつもバッグに入れて歩いた。
今から考えると、そんな大げさなと笑い話のようだけど、それは無事だったから言える話であって、何が今の自分達にできるんだろうと当時は真剣に考えていた。
大型車両が入れる道が遮断されてしまったことから、プロパンガスの値段は3割強上がった。
まだ私達には、値段の高さに文句を言いつつも払える金額であっても、3割の上昇は多くの地元の人々にとっては痛いはず。
なんといっても、平素から「プロパンは高いから薪で料理をする」人たちが多く住む場所なのだ。
多くの家々が流されたあの日の翌日、大量の水が流れ込んだ湖の岸辺には、木肌が濁流で削り取られてすべすべになった流木が累々と打ち上げられ、それを拾う無数の人々の姿はかなり壮観だったそうだ。
しかし、そんな話を聞くと、病原菌がどうやって人々の生活の中に入っていくのかが、見えるようで怖くなる。
今や相当に汚染されているはずの水に手足を浸けながら流木を拾い、それを運び込んだ先の家の台所の床では、小さな子供がハイハイしている手を口に入れる…。
河口付近にあった下水処理場も倒壊して、今や垂れ流し状態になっているらしい。
誰かが、あそこはもともと街の4割しか処理していなかったから大丈夫、と言っていたけれど、私にしてみれば何が大丈夫なのやら。
結果から言うと、この街でのコレラの発病はなし。
山を上がった隣町のサン・アンドレアスで3例。湖を渡ったサンティアゴ・アティトランで2名が発病したため、病院へのアクセスのある私達の街にボートで搬送され、病原が広まる前にすばやく病院に搬送した、という話を聞いたが、いずれも定かな情報ではない。
目に見えないものへの注意を喚起することは、いつだって簡単じゃない。
私たちが最も怖さを感じたもののひとつに、地元の一般の人たちと自分たちとの衛生観念に対する意識の差というものがあった。


