人間模様 ハリケーン・スタン2週間目

身寄りの家に避難していた人たちもぼちぼち戻り始めた様子の2週間目。
一番大きな避難場所となっていたバスケットボールスタジアムも、もうそろそろ撤収を考えているらしい。

でも、道端でグアテマラ人の知り合いに会って、「お宅のお子さんは元気?」なんて社交辞令を交わすと、
「今ねー、スタジアムに(無料の)ご飯食べに行ってるのよー。」なんて答えが返ってくるのだから、ボランティア側もいつを潮時にしていいのか分からず、といったところかもしれない。

今回の災害に関して、ここに住む私達の友人のほどんどが何かしらのボランティア活動に関わっていた。

語学が堪能な人は、医療助手として。そうでない人も日用品の差し入れや調理の手伝いとして、形は違っても各人でできるだけのことをしていた。
これは、この街がもともとそういう風土だということがある。
彼らよりも少しだけ豊かな環境にある私達ガイジンが、自分達にできることを地元のためにするのは当然のこと。
日本風に言えば、この土地に住ませてもらっている恩返しという感じだろうか。

赤十字から、家を失くした人たちに見舞金が与えられるので、名前を知らせてほしいという連絡が回ってきたけれど、私たち家族は人数だけの申告で、あとは名無しの権兵衛でいかせてもらうことにした。
そのお金は、彼らよりもずっと恵まれた条件で新たな生活をスタートできる私達が貰うべきものじゃないし、そのお金を必要としている人は他にたくさんいる。そんなことは、周囲を見渡せば簡単に分かること。
これが少しでも、今の私達にできるボランティアになればいい。

災害以前の様子を取り戻しつつある街だが、この数週間の間に浮き彫りにしたのは、人々の適応力の違いだ。

ライフラインが絶たれた時点で、来るべき時に備えて驚くほど賢明に動ける人たちがたくさんいる。
そうかと思うと、見ざる聞かざるで災難が頭の上を通り過ぎるとでも思っているのか、現実感のかけらもない人たちもいる。
世代や国籍に関係なく、いつも誰かにお世話され慣れている人、いざとなったら誰かが何とかしてくれるものと思っている人・・・。
偉そうなことは決して言えないけれど、でも、親方日の丸の日本ならいざ知らず、こんな辺境な国に住んでるにもかかわらずそんな人が少なくないことが、私にはちょっとショックだった。

そんな様子をやはり見ていた友人が、
「今回のことでは、一体誰がちゃんとこの土地に足を着けて暮らしているかが分かったね。」と言っていた。
私は、勤めていた会社が倒産したときの様子を思い出していた。
人々の生活の基盤にあったものが突然崩れたとき、そんな時に、人の素の顔は見えてくる。
そんな時こそ、賢く強い人間でありたいと思う。

ハリケーンスタン・パワーシャベル

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