死者の日 ハリケーン・スタン3週間目

ここは中南米、とある小さな国が大変だぁ~。

大型車両の通れる道が復活した、飲料水とプロパンガスが店先に並びだした、市場で青果が売り出され始めた、寸断されていた川向こうとの間に仮設の橋が架かった。

バックパッカーたちの姿が戻ってきた、大型バスに乗った観光客が戻ってきた、人々の大らかさがまた戻ってきた。

それにしても、これだけのことに、約3週間も掛かったんだ・・・。

その間に私達は、困難極める住む家捜しを続け、まだ泥でぬかるんだ道を長靴を履きながら街中ポクポク…と歩き回った。
お陰で家族三人すっかり日焼けして、周囲からはさぞかしやつれているに違いないと思われていたにもかかわらず、家が見つかった時分には、全員健康的な赤銅色になっていた。

そうして気がつけば、空には子供達が上げる凧が舞う季節が来ていた。

11月の頭には、死者の日といって、家族が故人を悼む日がある。
この世と空の上を結ぶ凧は、季節柄ちょうど強く吹く風に乗って、雨季の終わった青い空に無数に上がる。

今年は格別に悲しい死者の日になっちゃったね。

この日が終われば、凧揚げもマリーゴールドのオレンジ色の花も、来年までさようなら。
あと一年掛かって、ようやく災害以前のように戻るもの、そして一年しても戻らないものは一体何だろう?

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ハリケーンの追想記は、ひとまず今回で終わります。
自分たちにとっては、これから先も思い返すことの多いであろう、脳裏に深く刻まれた経験だったので、また折に触れて話に出てくることもあるかと思いますが、その時はまたどうぞお付き合いをよろしくお願いします。
何日分にもわたった話を、辛抱強くここまで読んでいただいた、一日約100余名もの皆さん、本当にどうもありがとうございました。

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