ミスコン

そう、ここの人たちって実はコレが大好き。
だから週末の新聞にはよく、ミスなんとやらの水着姿がオールカラーで載っていたりするのだけど、
悲しいかな、やはり日本人同様モンゴロイド系の血が邪魔するのか、大方は見れたもんじゃなかったりもする。

さて先日、わが町パナハチェルにもミスコン大会がやってくるというので、好奇心丸出しで行ってみた。

ただしこちらは、インディヘナの女王を決めるコンテスト。
元祖グアテマラ人=マヤ民族、つまりグアテマラ撫子を自称する彼女たちは、お御足をやたらニョキニョキと露出させるような無粋な真似はしないのだ。

20以上は現存するという異なる種族の、異なるデザインをもった民族衣装を身に着けた彼女たちが一同に会する場面は、それはもう豪華絢爛の一言だ。
スペイン人がこの国に侵攻してくる以前、全ての人々が民族衣装を着けて暮らしていた時代はどんなに美しかっただろうと、想像が膨らむ。

昨今のアメリカ人のミスコンに掛けるほどのクレイジーさはさすがに無いが、
しかしやはりこの国でも、娘がクィーンに選ばれるってのは、家族としてはかなり鼻高々なことなのだと、一緒に会場に座ったグアテマラ人の友人は話してくれた。

実は、彼女の妹は99年度のミス・パナハチェル。
今や3人の男の子の母親で、フリホーレスの食べすぎで腰周りがでっぷりと太ってしまってはいるが、
顔つきだけにフォーカスして見てみれば、確かにその当時の面影は十分に残っている。

さて、そんな名誉を得たからには、家族が一発奮起して工面しなければならないのは、やはりお金だ。
クィーンとして全国各地を周る旅費や衣装代などで、当時ですら5000ケツァール(1ケツァールは約15円)も掛かったそうだ。
この辺りの、日雇い道路工事が一日に付き大体40ケツァールというのだから、そこそこに裕福な家庭でないと、ミスにもなれないわけだ。

それでもなりたい、ミス・インディヘナ。
条件は、公用語であるスペイン語のほかに、自分の育った土地のマヤ語が話せることだ。

マヤ語とスペイン語を交えた質疑応答や、余興のダンスを織り込みつつ、夜の8時から延々と続いたこのミスコン。
最終審査を終えて、会場の外から盛大な花火が上がったのは、もう夜中の12時半を過ぎた深夜だった。
グアテマラのシンデレラ達はやっぱり眠らないのだ。

ミスグアテマラ

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