肉まん恋唄
(続き)
ないっ!ないないっ!
ビキニのトップを片手に、うろたえる人妻一児の母。
さてはこそ泥め、他の下着と一緒に水着のボトムだけ持っていきやがったな~!!!
この他、引き出しの中に残っていた水着は、温泉に行く時用として持っているワンピの超ダサ水着。
こうなったらもう背に腹もので、明日はこれを着ていくしかないか・・・とも一瞬腹をくくったものの、ラテンの国のビーチにワンピースの水着はどう考えても似合わない。
ドロボー騒ぎも記憶に薄れてきた折のこのカウンターパンチにクラクラしつつも、
行動を起こすのなら今日のみ!と自分を奮い起こし、さっそく街へ水着ハンティングに出かけたのだった。
向かった先は、ご存知パーカ。
ただし、既出のソロラ・パーカではなく、街にショップを構えているパーカ、つまり古着屋である。
ビーチ用の水着をこの街で買うには、新品であろうがなかろうがこの際文句は言えないのだ。
顔なじみの店員に在庫を聞いてみると、あることはあるんだけど、でもあの~、と何だか煮え切らない様子。
「ほとんど片割れだけだけど、いいですか?」
・・・。
アメリカから放出された膨大な数の古着を、ひと山何十キロ幾らで仕入れてくるこうしたパーカでは、上下揃った水着が見つかること自体が稀らしい。
それでもいいのならと、店の奥から出してきてくれたのは、小型の冷蔵庫でも入りそうなサイズのダンボール箱の中に詰まった、売るに売れない水着の山。
そんなものを後生大事に保管している店もグアテマラらしいと思うが、
「大丈夫よ、私が探しているのもボトムだけだから。」
と、平然と言ってのける自分も、だいぶグアテマラ化されてきていると思う。
水着の山の前に陣取って、モスグリーンに近い色のがあれば少々違っていてもいいさ、と探し始める。
途中、上下揃いのものも奇跡的に見つかるが、それは横にハネておいてさらに掘り下げていく。
ここまで自分の水着に拘るのには、当然理由がある。
この際言うがこの私、水着は断然、胸パッド派だ。
聘珍樓の肉まんもびっくりな位のパッド入りでないと、この丸顔には至極バランスが悪いのだ。
アメリカの水着には何故パッドが入っていないのだ!と毒付いてみるも、答えは簡単。
昨今のアメリカ娘は、パッドは水着につけないで、皮膚の下につけているのだよ・・・。
ゆえに、わざわざ日本から買ってきたふかふかビキニは、片割れになろうが何だろうがやはり見捨てるわけには行かないのだ。
掘り下げること30分以上、無駄な労力をつぎ込んだ時間に比例して、私の横にうず高く積みあがっていく水着たち。
とうとうダンボール箱の底が見えてきた時に私が得たものは、同系色の水着ってなかなか無いもんだ、という実に簡単な事実のみだった。
結局、ハネておいた数少ない上下揃いの中から、かろうじて日本人サイズの私でも着れそうなものを選び、代金130円を払って店を出る。
奇しくもこれは、日本で私が肉まんビキニに払った代金のちょうど100分の一であった。
翌日の朝は、いつものことながら見事な快晴。
湖を囲む森を抜けると、左右に広がるのはコーヒー畑。それが、マカダミアナッツの林となり、トウモロコシ畑になり、サトウキビ畑に変わった頃に、海辺の町に着く。
もわんと暖かい風が、ひときわ薄い胸にさえ気持ちのいい、12月の海水浴日和だった。

