新緑の匂ひ
耳を劈く爆竹と、四方から途切れることなく打ちあがる花火とともに迎えた25日の午前0時。
キリストの降誕祭の幕開けは、硝煙の匂いで始まった。
続くその日の朝の異常なる町の静けさは、この国では年に一度のものだ。
前の日の夜に花火で馬鹿騒ぎをし尽くした人たちは、陽がとうに高くあがっても起きてくる気配はない。
そんな人気のない通りを見ると、純日本人の私は、日本の元旦の静けさを思い出す。
せわしなかった暮れの空気もどこへやら、あるべきものがあるべき場所に落ち着いたようなピンと背筋を正した空気の心地よさ。
私の記憶の中のお正月の光景は、いつだって日本晴れだ。
そんな静かな朝に、掃き清められた路地に立つこの気持ちよさ・・・、と思いつつ足元を見ると、いやはやこればかりは日本とは大違いで、
そこらじゅうに爆竹の名残の紙切れがうずたかく積もっているのが、地球の裏側のグアテマラに居る現実を思い起こさせてくれる。
しかしそんな中でひとつ、晴がましい日の感覚をこの地でも呼び覚ましてくれるのが、松葉の匂いだ。
グアテマラでは、何かお祝い事があると床に敷き詰められる松の木の葉っぱ。
もちろんクリスマスには、教会の中はもとより、みやげ物店や、個人の家の中に作られた小さな祭壇の前の床に青々と敷かれるのだが、
切り出してきたばかりの松葉の匂いは、どんな芳香よりもすがすがしくって、気分がシャキンと高揚するのだ。
この時期になると何処からともなく町にやってくる「松葉売り」から、セメント袋一杯の松葉を買ってきて、今年は我が家の前にも少々敷いてみた。
目の前がぱっと鮮やかな緑色になった気がした。
もうすぐ、日本の玄関先にはしめ縄や松飾りの緑。
新緑の匂いは、グアテマラでだっておんなじだ。

山奥からこれを売るためだけに大きな町に出てきた姉妹たち。

壁に立てかけてあるのが、前出の松の木の枝ツリー。松の葉とともに、キリスト誕生の様子を人形で再現した「ナシミエント」に飾る苔も売っている。
皆さん、どうぞよいお年をお迎えください。

