マスクはつける派?つけない派?

少し前の話だが、実家から「マスクはありますか?」と書かれたメールがやってきて、「あるので大丈夫。」と返信したことがあった。
そう、あるにはある。それは嘘じゃない。
しかしポイントは、あるけどマスクをしているか否かだ。
ちなみに私は、マスクはあるかと聞かれて、遠くグアテマラの地でホイホイとマスクをつけるタマじゃあない。

とある昼下がりの午後、アメリカ人二人とカナダ人とグアテマラ人の主婦グループでお茶をしていたときのことだ。
話が新型インフルエンザになり、日本ではマスクが売り切れでちょっとした騒ぎになっているらしい、という話題を振ったら、
「大体が、マスクをしたからって一体どれだけの効果があるっていうのよね~え?」
と、即効で返されたのには面食らった。
だって、日本人が今、長蛇の列を作ってまで手に入れようとしているマスクである。
それがこうも正面切って疑問を投げかけられるとは驚きだ。

風邪をひいたらマスクをしましょう!と、マスク信奉の国日本で生まれ育った私としては、「だって、かなりの率の菌を遮ると・・・」と反論したくなるのだが、
そんな意見を押しのけるように、「それにアレって、毎日洗わないといけないらしいわよ。」「え~!?面倒くさ~い。」
と、声の大きなガイジン主婦たちに囲まれて口々に言われると、
これまた、波風立てずを信条とする国で生まれ育った私としては、口をつぐまざるを得ないのが、自分でも少々ふがいない。

どうもヨソの国では、街中でマスクをするという慣習がほとんど無いらしい。

高城剛という人が自身のブログの中で、「マスクをしているのは日本人だけ」と書いてバッシングされたらしいが、
彼のような著名人が今の日本の風評を無視して、日本人に向けて書いたブログの中でこうハッキリ言い切ってしまったのだから、KYなヤツと嫌われるのは当然だ。
これが逆に、海外に向けて書いたらきっと同意を得られたのにね、と、日本的精神とガイコク文化の狭間で生きている私は、苦笑してしまう。

だって、今はマスクをすることなど想像もつかない自分だが、これがもし日本に住んでいたら、おそらく街の人たちの多数がマスクを付け始めた時点で、何の抵抗もなく自分もつけると思うからだ。
この場合の「多数」の個人的定義は、多分7割くらい。
想像するに、その数になるまでは、マスクをしている人々からの無言のプレッシャーにも頑張って耐えしのび、
ようやく、自分が残りたったの3割の中にいる!と気づいた時点で、「もうそろそろヤバイかな」と思って付け始めるのである。
ヤバイというのは、細菌の繁殖がどうのというよりはむしろ、周囲の目がってことであり・・・。

郷に入っては郷に従え、集団の中で異色であることを良しとしないのは、私の中にもうどっぷりと染み込んでしまった日本人的感覚で、今更どうしようもないことだ。
そして、同じ理由から、普段海外ではマスクを絶対にしない自分も居るのである。

こんな私が、思わずホロリと共感してしまったのが、語学研修でカナダに生徒たちを引率してその中の3人が感染した高校の一件。
「学校がマスクを研修先に送ったのに、滞在中は生徒たちに着用を義務付けず、日本に帰る直前になってマスクを付けるように言った。」のを、
状況判断が甘ずぎると非難された話だ。

「あちら(カナダ)ではいたって平穏で、街の人たちはマスクは付けていず、そんな中で私たち日本人の一行だけが集団でマスクを付けていると、周囲の人たちに違和感を感じさせると思い、付けなかった。」
と言った先生の気持ちは、痛いほどわかる。
ただでさえ目立つ日本の子供たちを集団で引き連れて、その上周囲は誰もつけていないマスクを強要することができなかったという、周囲との和を乱したくない、とっても日本人な先生たち。
語学研修&異文化交流を学ぶ場として行ったのだから、現地の人となるべく垣根を作りたくないという思いはもっともだ。
でもそれと同時に、とっても日本人であるが故に、帰国後の日本国内での批判を「全面的にごもっともです。私が悪うございました。」と真摯に受け止めて、心底頭謝罪をしたのだから、
私は思わず「おぬしも、よくよく正直者じゃのう~」と、その立場の辛さを想像して、心の中でちょっと涙。

しかし、しか~しっである。
カナダではマスクはしなかった、でも日本では当然のようにマスクをつける。(あの時点では国内発症者はまだなし)
ここにある意識のギャップを認識することこそが、国際人としての自分を経験する上でのキーだと思うのだが、
これらの先生は、今やその辺りは苦い思い出として意識の外に追いやってしまったのだろうか?
ちょっと聞いてみたい気もする。
・・・でも、こんなことを書いている私は、日本の学校の先生には絶対になれないんだろうな。

前出の、非難轟々な高城剛氏ブログだが、実はひとつ、私が読んでいて思わず手を打ってしまったところがある。
それは、「日本の病気は、豚インフルエンザではなく、集団ヒステリーである。」と言い切っている一文だ。
言われた方には甚だ不愉快な表現だが、日本の外で、つまり日本のマスコミの影響を受けない場所で、第三者的に国内の様子を見ていると時折怖くなるのだ。

内藤みかさんがアエラで書いているラブログ、なのかも。リターンズ、私は好きで時々読んでいるのだが、
その中に、カフェで咳き込んだら隣のテーブルの人にあからさまに嫌がられたという記事があった。
これは体調が悪いわけではないと説明しようにも取り合ってくれず、大げさなしぐさで鞄からマスクをとりだし、除菌スプレーを手にトイレに行った後は、見せつけにテーブルを動かす女性。
こんなのは一部の極端な人だろうが、それでも、そういうシーンが今日本のどこかで起こっているのも事実なのだろうなと思う。

メキシコのキャンドルショップ

もちろん、数が多い方が正しいだなんて論理は言わない。
だから、世界中の国々の中で唯一日本だけが、国民総マスクだ、果ては防御服だ、と言っていたところで、それが今回のインフルエンザ対策に間違っているだなんて言えるわけはない。

ただ、日本人が持っている几帳面さや、権威のあるものへの従順さが、こうした具体例を持って見事に現れてくると、まるで軍事国家へとがむしゃらに突き進んだ過去の日本人が蘇ったようで怖いのだ。
そして、自分たちの社会に妨げとなるものを持ち込んだ人(=ウィルスを広めた人)や、社会が向かっている方向に異論を唱える人、に対して手厳しくバッシングをして、異分子を極度に排他しようとする状況も、そうした当時と似ているようで恐ろしい。

幸いにも、世界的には徐々に収まりつつあるらしい新型インフルエンザ。
人道支援でメキシコに送った19万枚を超えるマスクを是非返してもらって、早く日本も終息に向かって欲しいものだ。

2 個のコメント »

  1. 几帳面さはいいのですが、さすがにヒステリーですよ~
    私も帰宅してワイドショーをみて現場との差に驚きました
    そして、そのテレビを真剣に見てる母にも、、、

    マスクって保湿効果しか期待していませんよ~
    それでウィルスの侵入を遅らす程度で

    私は特殊なので、もともと10箱くらい家にありましたが
    (これも母が忘れて買ってきて、増えていったのですが

    年中マスクしてると、ファンデーションや落ちやすい口紅が塗れなくなります(笑 

    コメント by うおとめ — 2009/05/28 木曜日 @ 12:53:28

  2. いっとき話題になった受診拒否。
    外国人の知り合いが居るからという理由で、、、なんて聞くと、
    やっぱりもう、不思議の国ジャパ~ン!ですよ。
    医療現場に、そういう島国精神があるというのが怖い。

    年中マスクしていると、ファンデや口紅が、って
    そっか、マスクの下も普通はちゃんとするものなのか・・・(汗っ)
    そりゃそうだよね、マスク取ったら「クチナシオバケ」じゃあ怖すぎだもんな。笑

    コメント by Chinita — 2009/05/29 金曜日 @ 01:03:14

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